今回はアニメ映画である『千年女優』の紹介をします。今敏監督の映画が好きで、私なりに何か紹介できたらいいなと思います。
全体的な感想
女優千代子のドキュメンタリーというより、”鍵の君”を追い続けた一人の少女の物語という印象を覚えました。(女優千代子の話であれば、私生活について(日常生活や母親の死など)もっと触れるはずだと思ったからです。(ファンである立花がインタビューをしているし…))
それにより回想と映画の話が滑らかにつながり、気持ちよく見れた作品です。またBGMがとてもよく、特に白馬に乗った後のシーンは注目ポイントです。(その時のBGMは平沢進の「Run」です)
ただ、どこからが回想でどこまでが映画の話か分かりにくい場面がいくつもあるので、考察しながら見ると難しい映画だと思いました。
注意書きとして、私は映画以外の資料(ビジュアルブックなど)を見ていないため、非常に浅い考察をしており、間違った解釈をしている可能性も十分にあります。
また、ネタバレがあります。この点を考慮したうえで見ていただけると幸いです。
千代子と他キャラクターの関係
この映画を整理するために千代子を中心に人物を紹介します。
・立花源也
立花は千代子の熱烈なファンです。出演作品やそのセリフまで覚えています。千代子の回想に積極的に(千代子を助けるかっこいい役として)参加します。若いころは「銀映」に勤め、千代子の危機を救ったことがあるにもかかわらず、覚えてもらえませんでした。
・島尾詠子
千代子の先輩女優です。千代子に嫉妬し、騙した(占いで鍵の君の嘘の居場所を教えた)ことが大滝諄一に知られてしまい、千代子の鍵を隠す助けをしました。”映画の世界”では千代子を否定する存在です。
・大滝諄一
千代子にアプローチしますが、袖にされていました。鍵を隠したことで千代子に付け入り結婚することができましたが、鍵を隠していたことがバレてしまい離婚します。(冒頭で藤原千代子ですと自己紹介していたため)
・鍵の君
画家です。思想犯として官憲に追われています。千代子の家の倉にかくまわれますが、見つかってしまい(恐らく番頭さんに感付かれて)逃げ出します。最後は捕まり死んでしまいます。”映画の世界”では女優千代子が追い続けるあこがれの存在です。
・傷の男
官憲です。鍵の君を捕まえた人物です。のちに千代子に鍵の君から預かった手紙を渡しに来ます。”映画の世界”では鍵の君を追う邪魔をする敵として登場します。
千代子に起きた出来事
ここからは、千代子に何が起き、どのように生きていたのかを紹介します。
”3つの世界”
この映画の中には3つの世界が存在します。”現代の世界”、”回想の世界”、”映画の世界”です。
”現代の世界”とは70代の千代子にインタビューをしている世界(現実)です。
”回想の世界”とは思いだした昔の出来事(事実)です。女優としてスカウトされたことや大滝にアプローチされたことなどです。
そして”映画の世界”とは、鍵を手に入れ女優として活躍するとともに鍵の君を追う少女でもあった千代子の事実と空想の世界です。この世界では千代子は一貫して鍵の君を追い続けており、千代子が最も輝いています。
鍵は女優への変身アイテム
鍵は女優(鍵の君を追いかける少女)になるための魔法アイテム。
鍵の君を追いかけるためにはこれが必要であり、鍵を手放す=女優でなくなる=鍵の君を追うのをやめたということです。
老婆(千代子)の呪い
老婆=少女ではなくなった千代子であり、老婆の薬を飲んだ(自分に呪いをかけた)のは”映画の世界”で鍵の君を追い続けることにしたという意味で、その効果はたくさんの映画の中で鍵の君を追いかけても会えないという事実から逃れられないということだと思います。
また回想中に登場する老婆は、老いへの恐怖とそれでも鍵の君を追う少女を演じることを選んでいた自分への嫉妬だと思いました。
平沢進とともに走る千代子の大女優時代
白馬にしがみつき、浮世絵をバックに時代を超えて走る。自転車に乗った千代子の生き生きとした表情。『千年女優』といえばこのシーンを思い出します。
千代子は鍵の君との再会を夢見て一心にかけていたと同時に、成功してきらびやかな女優時代を生きていたことを表現しているのかなと思いました。
このシーンで忘れてはいけないのがBGM。平沢進さんの「Run」という曲だそうです。一度聴いたら癖になる、独特だけどすがすがしい魅力的な曲です。
鍵の君という罪な男
「14番目の月が一番好き(ユーミンか!)」、「この鍵は一番大切なものを開ける鍵」「(省略)まるで遠い星にいるような…」など、ロマンチックなセリフやシチュエーションがあり、まるで漫画や映画のキャラクターのようです。
(しかもカウボーイビバップのスパイクと同じ声(山寺宏一さん)なんです。ずるいです(笑))
千代子はそこに魅力を感じ、鍵の君を追い続けることにしたのです。
(ここから極端な考察になります)
実はこの男自体はあまり重要な人物ではないんですよ。けれども千代子を語るうえで必要だから、本人にスポットライトが当たらないように顔や名前を書かないのです。
途中顔を思い出せないと千代子が泣くシーンがありますが、それも女優としての芝居である(顔が思い出せないのは事実)と思いました。なぜなら鍵の男を現実世界で探しに行くシーンはないし、傷の男が手紙を持ってきても鍵の君の安否を尋ねなかったからです。
死にゆく千代子と鍵の君
ラスト直前(病室のシーン)で悲しむ立花に対して千代子は
「悲しくしないで。私またあの人を追いかけていくことができるんですもの」
といいます。
私はこのシーンである考えが浮かびました。千代子は鍵の君に会いたいわけではないんじゃないかと。
鍵の君に会いたくてしょうがない事を伝える映画であったら、ここのセリフは
「悲しくしないで。これでやっとあの人に会うことができるんですもの」
となるはずなんです。(そして千代子が月面に行き、鍵の君が「やあ、遅くなって済まない」とかいえばわかりやすいかも)
なので千代子が長年鍵の君を追い続けた(女優でいた)理由は、女優としての自分に誇りを持っていたからであり、最後まで女優でいたいからだと思いました。
賛否両論のラストについて
「どっちでもいいのかもしれない。だってあたし、あの人を追いかけているあたしが好きなんだもの」
このセリフについて、少しさかのぼって考察していきます。
まず、この物語において宇宙=死後の世界であり、ロケットに搭乗するということはこれから死ぬということです。行けば二度と戻ってこれないといわれるシーンで千代子が微笑むのは、鍵の君を追いかける少女でいられるのなら本望だと思っているからだと思いました。
ではラストのセリフに戻ります。
まず「どっちでもいいのかもしれない」と「だってあたし、あの人を追いかけてるあたしが好きなんだもの」の間に少し間があるんです。なので、分けて考えてみます。
「どっちでもいいのかもしれない」
は、単純に会えても会えなくてもいいと思っているという意味です。今までさんざん追い続けて結局会うことはできなかったけど、決して悪い人生ではなかったという気持ちだと思います。
この後、立花と井田(カメラマン)が千代子の乗ったロケットを見送るシーンになります。
宇宙に行くシーンでは井田も着替えています。つまり井田はラストでやっと”映画の世界”に入ることができたんです。(井田は私たち(映画を見る側)であり、ヒッチコックの『裏窓』のジェフ(彼もカメラマンだったな)と同じポジションなのかなと思いました。)
「だってあたし、あの人を追いかけてるあたしが好きなんだもの」
これは自分がなんで鍵の君を追い続けていたのかという問いの答えです。このセリフは非公開の映像の中で語られます。つまり自分に対する誇りと愛情を内に秘め、最後まで女優として生きる決意の現れなのかなと思いました。
これよりラストのセリフは、自分の人生を振り返って
結局あの人には会えなかったけどそこまで気にしてない。だって女優として誇りをもって生きていけたんだもの。
という意味だと解釈しました。
『千年女優』はなぜ”つまらない”のか
『千年女優』は出来事をそのまま映像にしているわけではないので、今のは回想しているのか”映画の世界”なのかわからなくなるシーンが多くあります。そのため、何を伝えたいのかわからずにつまらない映画だと感じてしまうのかもしれません。
そこでアニメ独自のルールを紹介します。
それは、”アニメは、風の吹き方ひとつにも意味がある”です。
このルールを踏まえてつまらなくなる原因を紹介ます。
・鍵の君が誰なのかに焦点を当てている
この映画において鍵の君が誰なのかは重要ではないため、登場するときはいつも顔が分かりません。なので顔や名前が気になるとそこが引っかかってしまい楽しめないのかもしれません。
・サスペンス映画のように主人公に共感しようとしたから
この映画の面白いところは、主人公のポジションに変化がないことです。このため、「次は何が起こるのだろう」など不安や恐怖や喜びが少なく、退屈に感じてしまうかもしれません。
おすすめシーン3選
最後に、私のおすすめシーンを紹介します。
・ロケット基地やOPの背景の描き込み
・『忍法七変化』のアクションシーンの手持ちで撮影したかのような臨場感あふれるカメラワーク
・白馬にしがみつき、浮世絵をバックに時代を超えて走るシーン。特に自転車に乗った千代子の生き生きとした表情と平沢進のBGMが癖になります。
この作品はさまざまな見方があり、複雑なので考察はとても難しかったです。
ぜひ、あなたの感想を持ってください。